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Lifetime Value - 日経電子版での事業目標の管理

Nikkei Advent Calendar 2020 17日目担当の澤です。 ふだんは電子版のプロダクトマネージャー、製品や機械学習の研究開発、データサイエンスを用いた事業分析、UXデザイン、エンジニア採用の仕事をしています。

本稿では日経電子版事業の LTV( 顧客生涯価値、 Lifetime Value )についての考え方および計算方法の概要をお伝えします。

サマリー

  • 日経電子版の(契約者の)LTVを金融商品の資産価値評価と同様の考え方で計算(測定、推定)した
  • LTV計算で難易度の高いのは契約者の推定、解約率の推定として計算を実施した
  • 計算に利用するパラメータでKPIツリーを作った

Lifetime Value

顧客生涯価値(LTV)とは顧客から将来にわたって得られる利益を予測し算出したもので、ある事業から長期間に得られる利益、およびその事業の成長性・収益性を評価するための財務指標です。 短期的な売上高や獲得契約者数と比べて、長期的な視点での事業指標であることやリテンション施策の効果も反映されること等が特徴です。

他のSaaSやサブスクリプションモデルの事業と同様、日経電子版も月額課金モデルであり、解約率が一定以上低い場合は継続的な売上が期待されます。 マーケティングやエンゲージメント、その他主要なKPIなど様々な指標がありえますが、事業価値自体や成長性を測るにはLTVが最適だと考えています。

概念的に、LTVは以下の式で与えられます。

LTV=(ARPPUCost)×Nt×Lifetime LTV = (ARPPU - Cost) \times N_t \times Lifetime

ここで ARPPU ARPPU は契約者平均単価、 Cost Cost は事業費用(販売手数料、広告宣伝費、コンテンツ原価、システム開発費など)、 Nt N_t は当月の契約者数、 Lifetime Lifetime は平均継続期間です。 売上高や売上総利益で計算することもありますが、できるだけフリーキャッシュフローに近い数値を用いています。詳しくは後述します。

資産価値評価

LTVの計算では、金融商品と類似した方法で契約価値を評価します。 一般的に、将来獲得分は適切に割引き、現在価値として計算します。 Columbia Business Schoolのこの論文 [1]ではCLV ( Customer Lifetime Value )は以下のように定義されます。

CLV=t=1mrt(1+i)t=m(r1+ir) CLV = \displaystyle\sum_{t=1}^{\infty} \frac{m \cdot r^t }{(1+i)^t} = m \left( \frac{r}{1+i-r} \right)

m m が売上や利益、 t t は経過時間、 i i は割引率、 r r は継続率( 1 - 解約率 )です。 収益・割引率・解約がいずれも一定なら上記式は適切ですが、日経電子版契約の解約行動はコホート(ユーザー集団)ごとに顕著に異なることを経験的に知っているので、コホートごとに解約率を推定することにしました。

コホートごとの総 LTV を Cohort Lifetime Value ( CLTV ), 事業全体の (総和の) LTV を Total Lifetime Value ( TLTV ) と呼ぶこととします。

適切なコホートに分け、解約率を推定し単価をかけ、コホートごとにコストを賦課し、解約率を推定することで現在価値としています。

CLTVk=t=1TCashFlowk,t(1+i)t CLTV_{k} = \displaystyle\sum_{t=1}^{T} \displaystyle\frac{\text{CashFlow}_{k, t}}{(1+i)^t}

TLTV=k=1NCLTVk TLTV = \displaystyle\sum_{k=1}^{N} CLTV_{k}

CashFlowk,t \text{CashFlow}_{k, t} は月t t にコホートk k から得られるキャッシュフロー、i i は割引率です。

前述の通りLTVの計算には売上高や売上総利益が使われることも多いですが、ここではフリーキャッシュフローを使っています。 日本経済新聞社は Financial Times を始めとする海外事業も展開しているグローバル企業であるので、会計基準の差を気にすることなく事業間の比較が可能なフリーキャッシュフローでのDCF法が適しています。 事業価値自体の評価や計算結果を現場の施策効果の検証に使うのにも有用です。売上原価だけでなく決済手数料やその他事業運営費全体を考慮したいからでもあります。

※ここで使っているものは厳密にはキャッシュフローではありませんが、現場での事業管理に使う分には問題のない差異だと認識しています。

契約者数推定(解約率推定)

今回の推定では、将来の獲得契約者は考慮しません。 解約率を推定することで契約者の残存分を計算します。 lifelines [2] を使っての確率モデルを用いた最尤推定で、将来の生存曲線を推定することで解約率を求めています。 図1の通り、コホートごとに継続率は大きく異なります。コホートごとLTVは、ざっくりこれの積分値に単価とコホートの人数をかけたものです。 Survival Curve 図1 コホートごとのカプランマイヤー曲線。横軸が経過月数、縦軸が確率。コホート名は画像処理しています。

サンプルコードはこちらをご参照ください。

from lifelines import KaplanMeierFitter
from lifelines.datasets import load_waltons
waltons = load_waltons()

kmf = KaplanMeierFitter(label="waltons_data")
kmf.fit(waltons['T'], waltons['E'])
kmf.plot()

https://lifelines.readthedocs.io/en/latest/fitters/univariate/KaplanMeierFitter.html

コストアロケーション

コホートごとにコストをアロケーション(=賦課)します。 基本的に事業のP/Lに載っているすべての費用項目を賦課します。各種のコストはそれぞれの性質にあった賦課基準(ドライバー)を設定し、それらを介して各コホートに配賦します。 電子版+紙では5,900円、日経ID課金での電子版は4,277円、Android/iOS課金での電子版は4,300円ですが決済手数料が30%(13ヶ月目以降は15%)がかかります。 単価、負担分コスト、継続率が異なるため、コホートごとの1人あたりLTVは最大200倍程度の差があります。

LTVを利用した事業管理

電子版事業KPIツリー

LTVの計算に使う項目ごとに切り分け、事業のKPIツリーを作りました。根本は事業価値たるLTVに、第一階層はLTVの計算に使う各変数にしています。図2は一例ですが、アプリ内課金を始めたことでバラツキが気になるようになったので、ARPPUをNetにして下の階層に販売手数料を含めているバージョンです。

KPIツリー

図2 電子版事業BtoCのKPIツリー。例としてリテンションに寄与するエンゲージメント[3]向上部分をハイライトしています。

技術リソースとアウトプット

エンジニアの活動は大きく以下の3つに分類しています。

  • PL (LTV)
  • B/S (技術資産や負債)
  • Internal Control

電子版事業を例に取ると、関わる全ての人員の業務は、基本的にはLTV向上を目的とします。エンジニアの業務にも、かける費用(含む人件費)以上のLTV積み増しを期待します。

技術資産/負債と呼ばれるものは、会計的には自己創設のれんの一種と見なすことができます。 技術資産というのは、他サービスからも参照しやすいAPIを作る、処理を共通化するなど、当該プロジェクトだけでなく今後の開発効率に寄与するものをイメージしています。耐用年数5年の償却性資産とします。 技術負債は、妥当な工期より短納期で開発する際に生じる歪みや突貫工事、その場しのぎの対応などを含んでいます。

技術資産が多ければ開発効率が向上し、少ないリソースで大きな成果を得られます。技術負債が多ければ開発効率が下がり、同じ成果を得るために大きなリソースを必要とします。 これらは受取利息、支払利息に相当するものとみなされ、開発効率に寄与するものです。ここではそれぞれを技術受取利息、技術支払利息と呼びます。

Internal Controlはシステムの安定性や堅牢性に関わるエンジニア業務です。直接的にLTVや技術資産や負債に反映されるわけではないけど、システムやサービスの継続性やブランド価値の維持に必要不可欠であると考えられるものです。間接的に技術資産やLTVに貢献するとも考えられますが、直接の効果を定量化するのにハードルを感じるのでここでは単に費用項目とします。

以下の仕訳は、あるチームがあるプロジェクトを実施した時に発生する項目を概念的に表しています。

借方 貸方
∆LTV 1,500 人件費 1,000
技術資産積増分 100 技術負債積増分 300
技術支払利息 200 技術受取利息 100
管理目的の開発費用 100 貢献利益 500

技術負債の累積額の分だけ利息として開発効率が下がり、同じ人件費で得られる成果物の価値が下がります。 人件費や技術負債などの増減分と∆LTVの差分を「貢献利益」としています。「管理目的の開発費用」というのはInternal Controlの費用項目です。

今後

  • いくつか指標を定め、ダッシュボードを作る
  • 既存契約者全体のLTVの計算
  • 今後の加入者分をコホートごと1人あたりLTVから算出
  • コホートの分け方を複数比較
  • LTVの多寡に影響するファクター(特徴量重要度)を計算する

以上です。明日は18日目、猪飼さんによる「Nikkei Wave と、その裏側」です。お楽しみに!

Appendix

本稿で前提としている考え方について、以下に少しだけ補足します。

DCF法と割引率

今日手に入る1億円と、来年手に入る1億円は等価ではありません。ここでは割引率 i i で割引きます。翌々年以降も複利で割り引きます。 毎年の将来キャッシュフロー CFt CF_t を割り引いて合計する事業価値計算手法をDCF法と言い、事業価値(EV)は以下の式で表せます。

EV=t=0TCashFlowt(1+i)t EV = \displaystyle\sum_{t=0}^T \displaystyle\frac{\text{CashFlow}_t}{ (1+i)^t }

解約率と継続期間

解約率 w w 、継続率 r r には、 r=1w r = 1 - w が、定義から成り立ちます。

現加入者数が N N 、新規加入なし、継続率が毎月一定である場合、翌月の契約者数は rN r \cdot N , 翌々月の契約者数は r2N r^2 \cdot N ,... であることから継続期間 Lifetime Lifetime は以下となります。

Lifetime=t=0rt=11r Lifetime = \displaystyle\sum_{t=0}^\infty r^t = \displaystyle\frac{1}{1-r}

Lifetime=1w \therefore Lifetime = \displaystyle\frac{1}{w}

解約率(%) 継続月数(月)
2 50
4 25
6 16.7
8 12.5
10 10

解約率と限界契約者数

年間加入者が一定で n n 人、解約率が毎月 w w で一定、 t t 月の契約者数を Nt N_t とした時、以下が成り立ちます。

Nt+1Nt=n12wNt1 N_{t+1} - N_{t} = \displaystyle\frac{n}{12} - w \cdot N_{t-1}

Nt+1Nt=0 N_{t+1} - N_{t} = 0 の時に成長の限界を迎えると考えられるので、ピークの契約者数(Terminal Subscribers) Nmax N_{max}

Nmax=n12w N_{max} = \displaystyle\frac{n}{12 \cdot w}

と極めてシンプルに近似できます。

解約率 年間加入者数(人) 限界契約者数(人)
1% 100,000 833,333
1% 200,000 1,666,667
2% 100,000 416,667
2% 200,000 833,333
3% 100,000 277,778
3% 200,000 555,556
4% 100,000 208,333
4% 200,000 416,667
5% 100,000 166,667
5% 200,000 333,333

上述の漸化式を解くと図3のように契約者数の推移を推定できます。 契約者数の推定 図3 契約者数の推定 2020年12月に0人で開始したシミュレーション

参考文献

[1]: Sunil Gupta & Donald R. Lehmann (2003). CUSTOMERS AS ASSETS. JOURNAL OF INTERACTIVE MARKETING VOLUME 17 / NUMBER 1 / WINTER 2003. https://www0.gsb.columbia.edu/mygsb/faculty/research/pubfiles/721/gupta_customers.pdf (accessed 17 December 2020).

[2]: lifelines is a complete survival analysis library, written in pure Python. https://lifelines.readthedocs.io/ (accessed 17 December 2020).

[3]: 日経電子版にまつわるデータと組織の話(前編) https://www.nikkei-r.co.jp/column/id=7057 (accessed 17 December 2020).

澤紀彦
ENGINEER澤紀彦

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